
マルドンテス
クセルクセスの軍に仕えたペルシア人指揮官で、紀元前479年にミュカレで戦死した
バガイオスの子マルドンテスは、クセルクセスの遠征軍に加わったペルシア人の将校で、ヘロドトスによれば紀元前479年にミュカレで戦死した。彼について知られるのはヘロドトスの記述のみである。名前はマルドニオスに近いが、二人は別人である。
ゲームでは: マルドンテスには固有のメカニクスはない。このゲームでは、ミュカレの戦いを含む紀元前480〜479年の戦争に関するイベント記事でのみ彼の名が挙がり、どのレベルの場面にもマップ上にも登場しない。

クセルクセス軍の指揮官
古代の記述ヘロドトスは、バガイオスの子マルドンテスを、行軍中に閲兵を受けたクセルクセスの軍の指揮官の一人に挙げている。彼によれば、マルドンテスは紅海の島々から来た諸民族を率いており、ヘロドトスはこれを帝国の諸部隊の一つとして記している。
Herodotus 7.80

ミュカレでの死
古代の記述ヘロドトスによれば、紀元前479年、ギリシア軍が上陸して山麓の陣営を攻撃し、ペルシア人はミュカレで敗れた。彼はそこで戦死したペルシアの指揮官の中にマルドンテスの名を挙げており、ティグラネスもそこに含まれている。また、アルタュンテスとイタミトレスは生き延びたか、あるいは逃れた者たちのうちに数えられているという。
Herodotus 9.102

マルドニオスではない
古代の記述ヘロドトスは、マルドニオスを別人として語っている。彼はダレイオスの娘婿で、ギリシアに派遣された軍の総指揮官であり、紀元前479年にプラタイアで戦死した。マルドンテスは同じ夏に、もう一方の戦場であるミュカレで命を落とした。よく似た名前なので、混同しやすい。
Herodotus 6.43; Herodotus 9.64

確かめられないこと
古代の記述マルドンテスに言及するのはヘロドトスだけで、ペルシア側の文書に彼の名は見えない。正確な身分も、ミュカレで彼が握っていた指揮権も、叙述からははっきりしない。名前も役割も、独立した史料によって確かめることはできない。
Herodotus 7.80; Herodotus 9.102
出典
- Herodotus 7.80
- Herodotus 9.102
- Herodotus 9.64
- Herodotus 6.43